東京高等裁判所 昭和45年(う)2988号 判決 1971年5月18日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役八月に処する。
原審の未決勾留日数中一〇日を右本刑に算入する。
ただし、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。
長岡警察署長保管にかかる普通乗用自動車(トヨタカローラ四二年型登録番号新五に七五―〇五)、押収にかかる自動車用合鍵はいずれも没収する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人野々山重治、同原長栄がそれぞれ差し出した各控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断をする。
弁護人原長栄の控訴趣意第一点、同野々山重治の控訴趣意第一点(訴訟手続の法令違反、事実誤認)について。
(一) 所論は、原判決のかかげる被告人の司法警察員、検察官に対する各供述調書、中静敏夫の司法警察員、検察官に対する各供述調書中の自白はいずれも任意にされたものでない疑があるから証拠能力がないのに、これらを採用したのは、訴訟手続に法令の違反があってその違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるという。記録上原審弁護人は原審において前記各供述調書を証拠とすることに同意し、その任意性についても全く争わなかったことが明らかである。そして、記録を精査しても、その任意性を疑わしめる資料は見当らない。所論は、被告人の司法警察員、検察官に対する各供述調書の自白は取調官の執行猶予約束による自白であり、中静敏夫の司法警察員、検察官に対する各供述調書の自白は取調官の釈放約束による自白であると主張するが、原審では全く主張せず、控訴審に至ってはじめて主張するのである。そして、やむを得ない事由によって原審において主張することができなかったものとは認められない。したがって、所論の任意性についての新たな事実の主張は、控訴審においてできないものといわなければならない(刑訴法三八二条の二第一項参照)。結局、原審が前記各供述調書がいずれも証拠能力があるとして証拠調をしこれらを断罪の資料としたのは、適法であり、訴訟手続になんら法令違反はない。
(二) 原判示事実は、原判決のかかげる証拠により十分に認めることができる。なお、被告人、中静敏夫の司法警察員、検察官に対する各供述調書は他の証拠に照らし信用性に欠けるところがない。
所論は、被告人の職務権限につき疑問があり、原判決の事実認定に誤認があると主張する。記録によれば、本件工事は田辺建設株式会社が新潟県から請負い、株式会社中静組がその下請をしていたことは所論指摘のとおりであるが、被告人が職務として株式会社中静組の右工事の監督をしていたことが優に認めることができる。また右工事の設計変更について、被告人が独立の裁可権を持っていなかったことは否定できないが、従属的ないし補佐的職務を担当していたことも肯認できる。したがって、原判決には被告人の職務権限につき事実誤認はない。
所論は、被告人は本件自動車を職務行為に対する謝礼として収受したのではなく、原判示工事中水害があり、その際被告人が中静敏夫を救ったので、その謝礼として受領したものであると主張し、被告人、原審相被告人中静敏夫は原審において右主張に沿う各供述をし、当審においても、被告人、証人中静敏夫は同趣旨の各供述をしているが、いずれも信用できない。かえって、原判決のかかげる被告人、中静敏夫の司法警察員、検察官に対する各供述調書によれば被告人が原判示職務行為に対する謝礼として本件自動車を収受したことが十分認められる。したがって、原判決にはこの点についても事実誤認はない。
弁護人原長栄、同野々山重治の各控訴趣意書第二点(量刑不当)について。
所論は、原判決の量刑が不当に重いというのである。記録を精査し、かつ当審の事実取調の結果をも斟酌し、これらに現われた本件犯行の罪責、態様、動機、被告人の年令、性行、経歴前科が全くないこと、家庭の事情、犯罪後の情況等諸般の情状を総合すれば、被告人を懲役八月の実刑に処した原判決の量刑は不当に重いと考えられるから、論旨は理由がある。
よって、刑訴法三九七条一項三八一条により原判決を破棄した上、同法四〇〇条但書に従い、さらに自判する。
原判決が認定した事実に法令を適用すると、被告人の原判示所為は刑法一九七条一項前段にあたるから、その所定刑期範囲内において被告人を懲役八月に処し未決通算につき刑法二一条を、刑の執行猶予につき同法二五条一項一号を、没収につき同法一九七条の五前段をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 関谷六郎 裁判官 寺内冬樹 中島卓児)